●貿易摩擦 ぼうえきまさつ
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日本の貿易摩擦は,1960年代の繊維に始まり,1970年代の鉄鋼,テレビ,工作機械,ビデオテープレコーダー(VTR),1980年代の自動車,半導体・ハイテク分野と,産業構造の高度化につれて貿易摩擦品目も高度化した。日本の特定製品の「集中豪雨的輸出」は,相手国の企業経営を悪化させ,失業を起こしている。1985年のプラザ合意以降のドル安・円高にもかかわらず,日本は大幅な輸出超過と国際収支の黒字によって,1984年には世界最大の債権国となり,同じ年にアメリカは70年振りに債務国に転落,これによって,日米貿易摩擦はさらに悪化した。1989年から1990年まで開かれた日米構造協議は,個別品目の市場解放問題の枠を超えて,商慣行や系列取引きなど,互いの内政にまで干渉して経済構造の改善を求める場となった。日本の国際化につれて,対外摩擦は貿易財からサービスや金融などの市場解放要求にまで広がり,問題の解決が急がれている。