●日米構造協議 にちべいこうぞうきょうぎ
AD
日米経済摩擦は、1980年代半ば頃から、従来の自動車・半導体などの個別商品をめぐる摩擦問題から、貿易不均衡を生み出す相互の経済構造や制度、慣行等が問題とされるようになった。この背景には、(1)1985年プラザ合意以後の急激な円高にもかかわらず、1987年には対米貿易黒字が520億ドルに達したこと、(2)この不均衡の主因は「日本市場の閉鎖性」にあるとする仮説的な認識、(3)1990年年代の国際経済の変動をにらんだ米国の世界戦略などがある。1989年7月の日米首脳会談は日米構造協議の開始を決定し、1990年6月の第5回会合の後、7月に最終報告が発表された。米国のねらいは、日本の経済構造を変えることによって、米国企業との競争条件を同じにすることにある。合意内容の日本側改善事項は、(1)公共投資の増額(10年間で430兆円)による貯蓄・投資バランスの改善、(2)土地利用促進のための税制等の強化、(3)大規模店舗法の見直し等流通システムの改善、(4)独占禁止法の強化による排他的取引慣行の改善や系列取引の監視、(5)内外価格差の是正措置など、合意実現のためフォローアップ会合が開かれている。