●天安門事件 てんあんもんじけん
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1989年6月4日民主化を要求し、北京の天安門前広場で座り込みをしていた学生・市民に対し、中国当局が弾圧し流血騒動となった事件。中国では文化大革命のあと、※注1※小平の指導下、経済再建のため市場経済の採用などの改革・開放政策が進められたが、政治面では共産党の指導という形で民主化が抑えられていた。民主化要求は4月15日の知識人・学生らによる胡耀邦前書記の名誉回復要求から始まったが、実際はインフレの※注2※進、官僚の腐敗、いっこうに進まない政治的自由化などに対する国民の不満が表面化したものである。要求運動は上海などにも広まり、総書記の趙紫陽も運動を認めようとしたが解任され、北京市に戒厳令がしかれて、李鵬首相らの強硬派が主導権を確立した。世界各国はこの事件に対し非難と経済制裁を行い、中国経済は停滞した。なお1976年4月5日にも同じ天安門広場で、周恩来を追悼する民衆の暴動が発生している。