●消費税 しょうひぜい
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1988年12月,国会での与野党の激しい攻防の末,消費税導入の税制改革関連法が成立し,1989年4月1日から実施された。導入された消費税は「原則として,あらゆる財・サービスの取引に,その取引価格の3%を課税する」というもので,課税対象の範囲を特定しないという意味で,日本で初めての一般消費税となった。一般消費税は,砂糖消費税や酒税などの個別消費税(間接税)と異なって,取引される商品・サービス全般を対象としている点で大型間接税ともいわれた(大型間接税はマスコミの新造語で,学問上も税法上も定義はない)。シャウプ税制以来の所得税中心の税制は,すべての所得を合算して累進課税を課すことで,負担能力に応じた課税,所得格差の縮小・平等化を図るものであった。しかし半面,所得隠し等の脱税が起こりやすく,給与所得者の重税感・不公平感は強められた。経済の低成長化に伴い,法人税などの税収の伸びが期待できなくなり,また増大する軍事費や ODA ,急速に近づく高齢化社会への対応など,政府・自民党によって安定した財源確保の必要性が説かれた。1987年5月売上税法案が審議未了・廃案になったが,国民の理解を得られなかった売上税の反省に立って登場したのが消費税であり,大平内閣,中曽根内閣,竹下内閣の三度にわたる挑戦の末,約10年を経て実現したものである。
1989年4月の実施当初から,消費税はとくに主婦層や低所得者層などからの強い反発をかった。買物のたびの3%の消費税の煩わしさと「痛税感」,葬儀や出産にも課税されること,支払った消費税の一部が事業者の懐に入るのではないかという不信感などが重なり,1989年7月の参議院議員選挙では,政府・自民党は記録的な大敗(自民党の69の改選議席は36に激減)を喫した。宇野内閣は退陣を表明,政府・自民党は消費税の見直しに着手した。
1990年2月の総選挙で自民党が大勝し,衆議院では過半数を占めたが,以後3年間(6年間の可能性も高い)は参議院で野党が多数を占めるという「衆・参ねじれ現象」が続くこととなった。総選挙後の臨時国会では,野党の廃止案,自民党の見直し案はいずれも成立しないまま,1990年6月「税制問題等に関する両院合同協議会」が設置された。自民党はそこでの審議の「一致部分の立法化」として,消費税の「見直し」法案を提出した。1991年5月8日に自・社・公・民・連合共同の議員立法として成立,1991年10月から施行された。
その内容は,(1)非課税範囲を拡大して(家賃,入学金,出産,埋葬,福祉など)税の逆進性を緩和し,(2)簡易課税制度を修正して「益税」(消費者が支払った消費税が国庫に入らず,事業者の利益となる部分)を解消し,(3)年2回の申告・納付回数を4回に増やして「運用益」(事業者が受け取った消費税を納税するまでの間,財テク等にあてて得る利益)の解消を図ったものである。しかし,最大の問題である食料品など生活必需品への非課税措置は採られなかった。消費税は日米安保体制に根ざすものとの見方もあり,国民の間に十分なコンセンサスを得ることがむずかしい状況にある。