●サミット(東京〜ロンドン) SUMMIT
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【第12回東京サミット 1986年】「政治宣言」では,東西交渉の促進と発展途上国の飢餓,貧困問題への取り組みのほか,リビアを非難する「国際テロリズムに関する声明」,原子力事故に関する報告や情報交換を義務づける国際協定を呼びかける「原子力事故声明」を出した。「経済宣言」では前年のボン会議で登場した各国の役割分担の思想は姿を消し,七か国蔵相会議により,各国経済政策の強調をすすめるべく「多角的監視」(Maltinational surveillance)を行うことが合意された。【第13回ベネチア・サミット 1987年】この会議では,「東西関係に関する声明」,「ペルシア湾の航行の自由に関する声明」,「テロリズムに関する声明」の政治三文書が発表され,核兵器削減,核抑止力の重要性,検証の保証,化学兵器全廃への努力が示された。また,国連の仲介努力支持,ペルシア湾における航行自由の原則が確認され,そして,テロリズム対策の国際協力,テロリストへの譲歩の拒否などの表明がなされた。「経済宣言」では,為替レートの安定化,黒字国・赤字国の内外不均衡の是正,新興工業国の経済自由化,多角的監視の強化,多角的貿易自由化交渉の促進,農業保護主義の縮小,債務問題解決のための「ベーカー提案」,環境悪化に対処する国際協力などが述べられた。
【第14回トロント・サミット 1988年】「政治宣言」では「東西関係」が圧倒的な比重を占め,INF 条約による米ソの戦略核の削減交渉の進展とワルシャワ条約の通常兵力面での不均衡の問題が出された。また,ペレストロイカ進展を歓迎し,東欧諸国に対し,EC との関係の展開,経済社会の開放を呼びかけた。そして「議長総括」という形では南アのアパルトヘイト非難,カンボジアからのベトナム軍撤兵,イラン・イラク戦争とアラブ・イスラエル紛争の解決が扱われ,国際政治の原点の多元化を示した。「経済宣言」では,二つの新しい考え方が現れた。第一に従来短期的に行われてきた政策協調を中長期の枠組みに及ぼすこと。第二に各国の構造改革の調整が問題になってきたということである。
【第15回アルシュ・サミット 1989年】この会議では,世界の政治経済・国際関係の新しい動きを告げるものになった。「政治宣言」では,東側の開放,改革,多元的民主化の動きを歓迎し,これを冷戦体制終結と東西対話・協力の基礎ととらえた。「経済宣言」ではアメリカなど赤字国,日本・ドイツなど黒字国双方の努力・協調による不均衡の是正,市場指向化の促進,債務問題解決のための構造調整政策と新債務戦略,そして環境問題の重大化という認識に基づく「持続可能な開発」の支持と OECD の場での環境指針の設定など,グローバルな問題に関する政策協調が示された。
【第16回ヒューストン・サミット 1990年】1989年12月米ソ首脳のマルタ島における東西冷戦終結宣言と東欧諸国における共産党支配体制の崩壊という世界秩序における大きな変化をうけて開かれた会議であった。「政治宣言」では,東欧での民主主義体制,ドイツの統一を歓迎し,ソ連の民主化と市場経済導入,第三世界での民主主義と人権概念強化にも注意が払われ,これら政治・経済両面での自由,民主化,市場体制に向けての改革を支援することが宣言された「民主主義の確保に関する宣言」と,テロリズムや核・化学・生物兵器,ミサイル拡散防止などについての「国境を超えた問題に関する声明」の二つが採択された。「経済宣言」ではガットのウルグアイ・ラウンドの年末までの解決,ソ連・東欧などへの支援,環境問題など,各国の利害が対立している問題に関する政策協調が掲げられた。
【第17回ロンドン・サミット 1991年】「政治宣言」は,国際秩序の強化を主題として,国連機能の強化をはじめ湾岸中東情勢,ソ連・東欧情勢,南アフリカ,テロなどの8項目で構成され,国連機能の強化では,湾岸危機で国連が安保理を中心に上げた成果を受けてその役割の重要性を指摘した。その上で,特に大規模災害に対する救援活動と平和維持機能面での活動強化をうたった。「経済宣言」では,経済政策,国際貿易,エネルギー,中・東欧,ソ連,中東開発途上国,環境の項目別に「世界的パートナーシップの構築」をうたいあげた。
国際新秩序と対ソ支援問題を最大の焦点とした会議であったが,会議終了後引き続きサミット参加国首脳とゴルバチョフ大統領の会合が持たれたことは,冷戦後の国際関係を象徴する歴史的な出来事といえる。