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●アメリカ80年代の経済 アメリカはちじゅうねんだいのけいざい

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 1981年にレーガン大統領が登場したとき,アメリカ経済は,低生産性と低成長,高度のインフレと高い失業率,財政赤字と高金利に苦しんでいた。そこでレーガン大統領が掲げた政策が「小さな政府」と「市場競争原理」の復活であった。これは,税金を軽くし,政府の市場への介入を少なくすれば,経済が活力を取り戻し,税収も増え,強いアメリカが再生できるというものである。このレーガン大統領の経済政策がレーガノミクスで,その経済再建計画の四本柱が,(1)政府歳出の削減,(2)個人・法人の大幅減税,(3)政府規制の緩和,(4)通貨供給量(マネーサプライ)の抑制である。このレーガノミクスによってさしものインフレも収まり,1982年から8年間という経済成長に成功し,失業も減少した。1980年から1987年にかけて,GNP の年平均実質成長率は2.7%であったが,1988年には最高の4.5%を記録した。しかし,1989年には成長率は2.5%に減速,1990年には1.0%と落ち込み,個人消費,住宅投資,設備投資,輸出などの民間需要はいずれも低迷を続けている。貿易収支も1980年代に入って赤字を続け,1987年には1551億ドルの赤字,経常収支も1987年には過去最高の1621億ドルの赤字を計上した。しかし,1989年以降は,1985年のプラザ合意によるドル高の修正によって,赤字はやや改善の方向にむかった。だが,経常収支の赤字を補うための資本流入によって,アメリカの純負債は1989年には6637億ドルとなり,世界第1位の債務国となってしまった。

 また,レーガン大統領の描いた「減税→貯蓄増→投資増→税収増→財政赤字削減」の構図は裏切られ,「減税→消費増→輸入増→貿易赤字増」となった。「小さな政府」を目指した歳出の削減も,「強いアメリカ」にかける大統領の国防費増強政策と,議会の社会保障費削減反対によって失敗し,大幅な財政赤字が累積し,レーガノミクスの遺産である「双子の赤字」の解決は,1990年代のブッシュ政権に引き継がれることとなった。