●ワルトハイム
ヨーロッパ オーストリア共和国 AD1918 オーストリア共和国
1918〜 オーストリアの外交官。第4代国連事務総長。ウィーン郊外に生まれる。ウィーン大学で法学博士号を取得。1945年外務省入りし,1955年国連オーストリア首席代表,1956〜1960年,駐カナダ公使と同大使,1964〜1968年国連代表,1968〜1970年外相,1970〜1971年国連首席代表を歴任,1972年1月から国連事務総長に就任。就任後最初の5年間は,主に中東紛争の調停活動に従事し,とくに第四次中東戦争(1973)収拾のための国連兵力分離監視軍(UNDOF)の創設に尽力した。1976年再選後は,ヴェトナム軍のカンボジア侵攻・中越戦争・ソ連のアフガニスタンへの武力介入・イラン-イラク戦争などの地域紛争が多発するなかで,世界中を精力的に飛び回った。長身・洗練された身のこなし・しゃべり方・顔の広さなど自ら備えた外交官としての資質をフルに生かし,2期10年間国連事務総長の職務に没頭し,在任中訪問した国は114カ国に及んだ。