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●ワールシュタットの戦い ワールシュタットのたたかい

アジア モンゴル国 AD1241 モンゴル帝国

 1241年モンゴル軍とドイツ-ポーランド連合軍との戦い。リーグニッツの戦いとも言う。ワールシュタットはポーランド南西部の小村・古戦場。リーグニッツ(Liegnitz)の近く。チンギス=ハンの孫バトゥは,第2代モンゴル皇帝オゴタイ=ハン(大宗)の命令で軍総司令官として西征し,南ロシアを席巻(せっけん)し1240年キエフを攻略。次いでポーランドに侵入した。1241年シュレジエン公ハインリヒ2世は,2,3万人のドイツとポーランドの連合騎士・農民軍を率いて,約10万人のモンゴル軍と戦ったが撃破されて戦死した。この戦いはドイツはもとよりヨーロッパに大きな衝撃を与えた。続く攻撃が予想されたが,モンゴル軍も多大の損害を蒙ったこともあって,バトゥは軍を南東に撤退させた。同年,大宗病死。バトゥは翌年西征をやめ,南ロシアのサライを都としてキプチャク=ハン国を建設する。