●ワルシャワ公国 ワルシャワこうこく
ヨーロッパ ポーランド共和国 AD1807 ワルシャワ侯国
1807年ティルジット条約によって設立されたポーランド国家。18世紀末のポーランド分割によりプロイセン領となっていた旧ポーランド領を主体に建国。国名はロシアへの遠慮からポーランドではなく,ワルシャワ公国となる。1807年ザクセン大公フリードリヒ=アウグスト1世がナポレオンに推されて国王となり,ナポレオン法典を基礎としたワルシャワ公国憲法を施行。1809年 J. ポニアトフスキー率いる軍隊がオーストリアに勝利し,オーストリア領ポーランドのクラクフと西ガリシアを併合。しかしナポレオン失脚後のウィーン会議(1815)の結果,ロシア・オーストリア・プロイセン三国に再び分割される。ロシアが公国の大部分を領有してポーランド王国をつくり,ロシア皇帝がその国王を兼ねた。ポズナニを含む一部地域はプロイセン領になり,クラクフ市はクラクフ共和国として保護下におかれた中立国となり,公国は消滅した。