●ワット=タイラーの乱 ワット=タイラーのらん
ヨーロッパ 英国 AD1381 プランタジネット朝
1381年イギリスで起こった農民反乱。封建領主制の衰退と農民の地位の上昇を背景に起こる。名称は指導者ワット=タイラーに因んでつけられた。1380年戦費調達のため人頭税が課せられたのを契機に,1381年5月エセックス州で農民が徴税を拒否して蜂起した。反乱はたちまちイングランド南半分に広がり各地で領主館を襲撃して文書類を焼却した。6月中旬ケント州で,ワット=タイラーを指導者としジョン=ボールも加わり国政改革要求宣言を発し,ロンドンを占領した。6月14日反乱軍は,国王リチャード2世と直接交渉を行い農奴制の廃止・取引きの自由・固定地代減額などを要求し承認された。さらに翌日一層急進的な要求を掲げて国王と交渉するが,ワット=タイラーがロンドン市長に殺害されたため反乱は急速に鎮圧され,農民軍の敗北に終わった。しかしこの反乱以降農民はしだいに自由を得て解放されていった。