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●和田義盛 わだよしもり

アジア 日本 AD1147 平安時代

 1147〜1213(久安3〜建保1)鎌倉時代初期の武士。三浦大介義明の孫,三浦義宗の子。義盛は相模国三浦郡和田(現在の神奈川県三浦市)に住み和田氏を称していた。1180年(治承4)源頼朝の挙兵に際し,叔父三浦義澄らとともに応じた。同年11月侍所設置と同時にその別当(長官)に補せられた。平氏追討にあっては,一の谷壇の浦の戦いで戦功をあげ,1185年(文治1)の平家滅亡まで各地を転戦した。頼朝の信任が厚く,その子頼家の将来を託され北条氏と並ぶ勢力をもっていた。頼家の死後,北条氏勢力の確立を図ろうとする北条義時の政略により,1213年(建保1)2月,頼家の遺児を擁する陰謀があったとして,義盛の甥胤長らが捕えられた。怒った義盛は義時を討つべく挙兵した。義盛方には和田一族の他,相模・武蔵の多数の武士団が味方した。しかし一族の三浦義村に裏切られ鎌倉由比ケ浜で敗死し,和田氏も滅亡した。