●倭人 わじん
アジア 日本 AD
中国の史書に見える中国東方周辺の人々の呼称。『漢書』地理志に〈夫れ楽浪海中に倭人有り,分れて百余国をなす。歳時を以て来り献見すといふ〉とあるのが初見。倭または倭国の語は,『後漢書』東夷伝,志賀島出土の金印などにも見られるが,倭人について詳しく記す最も古い文献は「魏志倭人伝」(通称)である。ここに〈倭人は帯方の東南大海の中に在り,山島に依りて国邑を為す。もと百余国。漢の時朝見する者あり。今,使訳を通ずる所三十国〉とある。『旧唐書』は〈日本国は倭国の別種なり(中略)倭国自ら其の名雅ならざるを悪み,改めて日本と為すと〉と記し,『新唐書』は〈倭の名を悪み,更めて日本と号す〉と記す。倭人を日本人の別称とするのがふつうであるが,倭が中華思想における東夷の別称である点を考慮すれば,列島上の人々だけにそれを限定することはできない。