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●和気清麻呂 わけのきよまろ

アジア 日本 AD733 奈良時代

 733〜799(天平5〜延暦18)奈良時代後期・平安時代初期の貴族。従三位中宮大夫民部卿。垂仁天皇の皇裔氏族。備前国和気郡を本郷とする。初め磐梨別公(いわなしわけのきみ)を姓としたが,765年(天平神護1),藤原仲麻呂の乱のときの禁中護衛の功による第六等の叙勲を経て吉備藤野和気真人,さらに769年の輔治能真人と再賜姓されるなど姉広虫とともに称徳天皇に愛信された。769年の道鏡の皇位うかがい事件で宇佐八幡神の受託使に勅擢され,無道人排除の神託を奏して道鏡の野望を砕き,道鏡による因幡員外介貶遷・詔による除名と大隅配流の所断を受けたが,770年(宝亀1)の入京・和気朝臣賜姓・本位回復以降799年(延暦18)の死去までの間官位を累進した。『民部省例』20巻・『和氏譜』撰述の庶務精練・古事通達者,平安遷都・摂津河内川改修の事業者としても名を遺す。

〔参考文献〕喜田貞吉『帝都』1939,日本学術振興会

佐伯有清「長岡・平安遷都事情新考」『日本歴史』125

横田健一「僧侶と貴族―弓削道鏡と和気清麻呂―」『ライバル日本史』I ,1977,評論社