●ロートレック
ヨーロッパ フランス共和国 AD1864 第二帝政
1864〜1901 南仏の貴族の名門の家に生まれる。しかし幼時に両足を骨折,障害者の身となる。この病床にある間に絵に興味をもち始め,18歳でパリに出,あちこちのアトリエに出入りしやがてゴッホやドガの作品に出会う。その厳しい写実の精神に強くうたれた彼はそれ以後,自分の生い立った貴族社会の煩わしさと障害者に対する世間の偏見と嘲笑に反感を抱き,もっぱら歓楽の巷モンマルトルに入り浸り,そこに展開される男女の嬌態と赤裸々な人間性を鋭く観察,絶妙のデッサン力を駆使して素描と油絵に描いた。彼の抜群の才筆は石版画にも発揮され,28歳作の『ムーラン=ルージュ』の石版ポスターを初め,多くの異色のポスターを描いて今日の商業美術の基礎を築いた。28歳以後約10年の間に300点以上の石版画と30点の優れたポスターを遺す。しかし彼の自虐的な生活はアルコール中毒を招き,母と転地療養中37歳の若さで世を去った。