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●ロードス

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 小アジアのカリアに近いエーゲ海東部の島。歴史時代にはドーリア人がイアリュソス・リンドス・カメイロスの三都市を建設した。ロードス人は植民活動に活発で,その範囲は小アジア半島南部からイタリア・スペインに及んだ。前412〜前411年まではデロス同盟に加入し,民主政をとっていたようである。前408年には,新しく建設したロードスを中心として三市が集住したが,各都市は最大限の自治を維持していた。前4世紀の間はロードスでは寡頭派と民主派の政変が絶えず,それに伴ってしばしば他国に支配された。前412〜前395年にはスパルタに,前395〜前391年にはアテナイに,前391〜378年には再びスパルタに,前378〜前357年には再びアテナイに,前357〜前340年にはカリアに,前340年以後はペルシアに,前332年にはアレクサンドロスに支配された。アレクサンドロスの帝国分裂(前323)後は,ロードスは再び独立して独自の対外政策を展開した。デメトリオスの攻撃にも耐えてこの難局を乗り切ることによって自信と威信を回復し,前3世紀にはいかなる国家への従属をも拒否するほどであった。かつてのアテナイと同様に,大規模で強力な艦隊をもって海賊を鎮圧しエーゲ海における貿易の中心となった。しかし,ローマの力が東方に拡大するに及んでロードスはしだいに衰退した。一時はローマに協力したが,前167年にデロス島自由港になると大打撃を受けて,年間の港湾収入は3年の間に100万ドラクマから15万ドラクマに激減した。前88年にはミトリダテスの包囲に耐えたが,前43年にはローマのカッシウスによって占領された。ローマ支配下のロードス島はわずかな繁栄を維持するだけであったが,学問の一中心としての地位は保った。

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