●ロック
ヨーロッパ 英国 AD1632 前期スチュアート朝
1632〜1704 イギリスの哲学者・政治思想家。オクスフォードに学び,後アシュリー卿(シャフツベリ伯)一家と知り合う。フランスに渡り(1675〜1679)さらにオランダに亡命(1683)。名誉革命の成就とともに帰国し(1689),新国王から厚遇を受けたが自らは閑職を望み次々と著述を公刊した。『人間悟性論』(1690)では,デカルトに反対して〈観念〉の経験的発生を説き,〈実体〉の先験的性質を形状・大小などに限定して,経験哲学の認識論を創始した。観念をつくる心の働きを生む“神”はヒュームが〈印象〉を用いて克服した。『統治二論』(1690)では王権神授説を論破し,自然法思想に立って契約説を展開,立法部優位の権力分立論を説いて専制政治を非難した。本書は名誉革命の弁明にとどまらず,フランス啓蒙思想・アメリカ独立革命の思想に影響した。議会政治下では彼の〈抵抗権〉が無力となり,代わって〈公共善〉が保守の作用を果たす点が近年指摘されている。他に『教有論』(1693)『寛容についての書簡』(1689)他。
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