●ローザンヌ条約 ローザンヌじょうやく
AD1923
スイスのローザンヌで結ばれた条約。(1)1923年7月24日,セーヴル条約の改定をめざして締結されたもの。第一次世界大戦後,オスマン=トルコが調印したこの条約は,大変苛酷なものであったため国民の反対が高まった。その結果ケマル=アタチュルク政権の成立によりローザンヌ会議が開かれ,いぜん海峡地帯に主権制限が残ったものの,この条約でトルコはかなり国際的地位を改善した。(2)1932年7月9日,おもにドイツ賠償問題に関するヤング案の修正を目標として締結されたもの。世界恐慌により危機に頻したドイツ経済を救うため,賠償と戦債支払を1年延期するフーヴァー=モラトリアムが実施されていたが,恐慌の深刻化によってその効果が薄れたため,この取り決めによってヤング案を修正し,賠償金を30億マルクへ減額すること,およびその支払いを経済が回復するまで延期することになり,これによって賠償問題は事実上消滅したといえる。