●六月事件 ろくがつじけん
ヨーロッパ フランス共和国 AD1848 第二共和政
1848年,二月革命後のパリで生じた労働者の蜂起。4月23日の制憲議会選挙で保守的共和派が多数を占める議会が成立して以来,政府の一連の抑圧政策により労働者の失望と不満が増大していた。6月21日,国立工場の事実上の廃止が布告され,翌22日に労働者代表はリュクセンブルール宮に赴き政府に抗議したが,もの別れに終わった。23日,パリ東部を中心に数百のバリケードが一挙に築かれ,民衆地区は反乱状態に入った。同じ日,議会は陸軍大臣カヴェニャックに反乱鎮定の全権を委任し,パリに戒厳令をしいた。カヴェニャックは地方の国民衛兵隊や青年遊撃隊を用いて,徐々に反乱地帯を占拠。26日にはフォブール=サンタントワーヌ街を制圧して反乱を終息させた。反乱側は4,000名の死者を出したほか,鎮定直後1,600名が銃殺。2万5,000名の逮捕者のうち3,000名以上がアルジェリアなどに流刑され,7,000名余りが禁錮を宣せられた。二月革命によせた労働者の希望は消え,一部は同年末の大統領選拳と3年後の大統領のクーデタでナポレオン3世を支持することになる。