●ロエスレル
ヨーロッパ ドイツ連邦共和国 AD1834 ドイツ連邦
1834〜1894 ドイツの法学者。1834年12月18日,ドイツのバイエルンに生まれ,エルランゲン大学で法律学・国家学を学び,1861年,ロストック大学の国家学正教授となった。1878年(明治11),日本政府に招かれ,外務省法律顧問,ついで内閣顧問となった。15年にわたる滞日中,大日本帝国憲法の起草にあたった井上毅(いのうえこわし)の顧問教師となり,また憲法のほか商法典などの起草にあたり,近代国家機構の創設に献身的に助言指導を与えた。彼の意見はプロイセン的憲法で,絶対君主制の色濃いものであり,『ロエスレル答議』として大部分が公刊されているが,彼の滞在中の業績については,昭和になってから,吉野作造・鈴木安蔵らの研究によって初めて解明せられた。また,1885年,天津条約締結に際して大きな功績をあげ,それに対して日本政府より勲二等旭日大綬章が授与されている。1893年4月,帰国したが,翌年12月2日,死去した。