●労働関係調整法 ろうどうかんけいちょうせいほう
アジア 日本 AD1946 昭和
労働争議の予防・解決をおもな目的とし,あわせてある種の争議行為を制限・禁止する法律(1946・昭和21年9月公布)。今日,たいていの資本主義国は調停・仲裁など労働争議調整制度を設けている。厳しい抑圧によっても労働争議は根絶できないことが自覚されはしたが(争議権の承認),一方,これを放置するのでは労使当事者はもちろん,広く第三者・公衆にも深刻な影響を及ぼす。ここに,各国がほぼ共通して争議調整制度をおく理由がある。もっとも,各国の調整制度の内容・機能にはかなりの差異がある。なお,国際労働機関は,調停および任意仲裁を争議の合理的解決のための調整制度としてその採用を勧告している(ILO第92号勧告)。ところで,戦前のわが国においても労働争議調停法(1926・大正15年7月施行)が調停委員会(労働者・使用者・中立を代表する委員で構成される争議ごとのアド=ホックの委員会)による争議調整を用意していた。同法には制定当時,大きな期待がよせられたが,結局ほとんど用いられることなく終わった。争議権の保障がなく,むしろ争議行為は取り締まりの対象とされる社会においては,労働争議の発生を当然のこととして前提とし,その調整につとめる争議調整制度は機能する余地はなかったといえよう。争議権が承認された戦後になって,初めて争議調整制度は現実に機能しうる条件を獲得し,また必要となったのである。かくして制定されたのが労働関係調整法である。ところで,争議調整制度には大きな危険が内在する。すなわち,争議の予防・解決を強調するあまり容易に争議行為の抑止にいきついてしまうという危険である。制定当初の労調法もこの例にもれず,非現業公務員の争議行為の禁止・冷却期間の名前による公益事業の争議行為の長期にわたる制限を定めていた。その後,同法は,1949,1952年の大改正をへて,今日の形を整えるにいたった。現行法は大別して二つの内容からなる。一つは,争議調整制度の設置であり,二つは,ある種の争議行為の制限・禁止である。まず中心をなす前者についてみると,争議の当事者による自主解決が原則であり,政府はこれに助力するにすぎない,との基本的立場が明らかにされ,その上で争議解決の援助機構として労働委員会による斡旋・調停・仲裁の3制度が設けられている。このうち斡旋は,争議当事者の申請または職権にもとづき,労働委員会の会長の指名した斡旋員が争議当事者のあいだにたち争議解決を助けるものである。調停・仲裁と異なり,解決案の提示を必要としない。今日,最もよく用いられている方式である。次に調停は,調停委員会(調停のつど,原則として労働委員会の委員のなかから会長が指名する労・使・公益を代表する調停委員で構成)が争議当事者の主張をきき,調停案を作成し,これにもとづき解決をはかろうとするものである。なお,仲裁と異なり,当事者には解決案をうけいれるかどうかの自由がある。調停は,原則として当事者双方の申請によって開始されるが(任意調停),公益事業等の場合には当事者一方のみの申請または職権によっても開始しうる(強制調停)。斡旋の次によく用いられている方式である。最後に仲裁は,仲裁委員会(原則として公益委員のなかから当事者の合意によって選定したものを会長が指名,3名からなる)が裁定を下し争議を解決する方式である。当事者双方の申請にもとづいてのみ開始される任意仲裁の方式も定められているが,利用されることはほとんどない。労調法は前言したように,このほかある種の争議行為の制限・禁止を定めている。工場等の人命保護のための物的施設の運行を停止することの禁止,私鉄など公益事業の争議行為につき予告義務の賦課,争議行為によって〈国民経済の運行が著しく阻害さる〉等の緊急時に総理大臣が一時的に争議行為を停止しうるとしたことがそのおもなものである。このうち最後のものは,争議行為が停止される要件があいまいで,しかも停止期間が50日と長期にわたる点などに問題がある。