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●労働運動(西洋) ろうどううんどう

ヨーロッパ 英国 AD 

 労働者を単に働く者と解すれば,労働運動の歴史も古く求められる。古代における奴隷反乱や中世のツンフト闘争,近代初めにイタリアでおこったチオンピの乱などのなかに,働く立場の人間の主張を見出すことは可能である。しかし,労働運動と一般に呼ばれているものは,近代的な意味で用いられ,資本主義の高度な発達に伴って派生してくるものをいう。したがってそれは,近代的労働者が社会層を形成し,自覚と意識をもって組織化されることが前提になる。多くの場合,既存の体制が運動の対象になるので,社会主義思想や運動と結びつく。

【産業革命とイギリス】18世紀にイギリスで産業革命がおこると,工業化がすすみ,大量の工業労働者が生み出され,資本,経営,労働の区別が明確になり,安い賃金のための婦人・幼年労働者も含めて,劣悪な条件下における長時間労働といった苛酷な労働が押し付けられ,社会の資本主義化のなかで,農民も資本主義的な農業労働者として位置づけられるようになってきた。この状態は社会問題になったが,イギリスでは19世紀に入った1811年ごろから,ラッダイト運動と呼ばれる秘密結社が出現して,機械・工場の打ち壊しを行った。開明的なブルジョワジーは労働者に同情的で,これが1824年の労働者の団結法の制定,1832年の第1回選挙法改正となった。また,オーウェンらの空想的社会主義も労働者に影響を与えた。チャーティスト運動は労働者自身の要求をかかげた闘争で,穀物法撤廃を獲得することになるが,総じてイギリスの初期労働運動は,急進派と穏健派・熟練工に対する非熟練工といった対立があり,自由主義的ブルジョワジーの理念を借用した労働運動の性格が強かった。

【インターナショナル】産業革命は19世紀前半,ヨーロッパ大陸に上陸した。その時期,各国の受入れ方は相違するが,産業革命の波が波及したことによる成果は19世紀前半に現れ始めた。ドイツの関税同盟・1848年の諸革命・共産党宣言などはそれを示すものである。また労働争議がおこるが,それらのなかには産業革命によって追い込まれた職人たちによる,いわば過去への愛着から生じているものがあり,必ずしも近代的労働運動といえず,空想的社会主義の影響もみられる。しかし19世紀後半になると,共産主義や労働運動が高まりをみせてきた。これを背景に,ポーランド問題を契機にして,1864年,第1インターナショナルが結成され,国際的な連帯が実現した。第1インターは,マルクス主義派・無政府主義派・組合主義派などを内部にもち,抗争の末,1876年には事実上解散した。帝国主義国間の競争はそのころから激しくなっていき,1889年には第2インターナショナルが設立された。第2インターはドイツ社会民主党を中心にして,帝国主義の阻止を大きな議題とした。

【修正主義・戦争阻止】帝国主義国間の競争は軍需工業の隆盛をよび,労働者の収入も増加していった。「餓えたる人民」のスローガンは架空のものになり,それが労働者の闘争心にも反映してきた。これを背景にベルンシュタインらによる,革命ではなく,改良であるとする修正主義が台頭し,労働運動は賃金・経済闘争に限定されるべきか,政治闘争を含むべきかまでの,言い換えれば組合と政党の役割をめぐっての問題をも包含した修正主義論争が行われた。第一次世界大戦の勃発に際し,主要各国の労働者は結論的には,国境を越えた労働者であるよりも,国民であることを選び,戦争の阻止には失敗した。

【現代】1919年に結成された第3インターナショナル(コミンテルン)も,第二次世界大戦の阻止には有効でなかった。第二次世界大戦後,社会主義国家が多く実現すると,西側陣営とのあいだでは,そのあり方が異なってきている。その一方で,国連を中心にした人権・労働問題の国際的で,超国家的な機関(たとえば ILO )も設立され,労働問題の中立的な調停もすすめられ,労働運動が一定の社会的地位を得たともいいうる。