●老人遺棄 ろうじんいき
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きろうせつわ(棄老説話)自らの力で生活する能力を失った老人を遺棄するという習俗は,世界各地の多くの民族,とくに定住せずに移動性のある民族や苛酷な環境に置かれた民族に広くみられることが民族学者によって報告されてきた。【姨捨山】一方,それらの習俗の有無とは別に,老人遺棄を主題とする説話も広く聞かれる。たとえば日本では,『大和物語』に次のような話がある。信濃国の更級に男がいるが,その妻が年老いた姑を厄介がってひどく嫌い,深い山に捨てよという。男は月の明るい夜に姑を背負って高い山に連れて行き,そこに捨ててしまう。しかし,家に帰り,その山に月が出ているのをみると悲しくなり,〈わが心なぐさめかねつ更級や姨捨山に照る月をみて〉と歌を詠み,姑を再び迎えに行く。それ以後,その山を姨捨山と呼ぶようになったという。これとほとんど同じ話が,『今昔物語集』巻第30にも収められている。
【棄老国説話】同じ『今昔物語集』の巻第5には,『七十餘人流遺他国国語』と題して,次のような話が収められている。昔,天竺に70歳を超えた者は他国に流すという国があった。そこの大臣には70歳を超えた老母がいたが,大臣は母を流すのが忍びがたく家に隠していた。すると隣国から2匹の牝馬を送ってきて,どちらが親でどちらが子がを判別せよ,もしできなければ国を滅ぼすという難題が課せられる。大臣は母の助けを借りてそれを解決し,その後に出された2つの難題も同様に解決する。王に感謝された大臣は母の助けによって解決したことを告白し,以後,王は老人を流すことをやめ,国は盛えたという。これと類似した話は,少しずつ異なってはいるが昔話として日本各地で聞かれ,親棄山と総称されている。しかし,『今昔物語集』のこの話は『雑宝蔵経』と『賢愚経』という仏教説話集にもとづいており,インドに起源をもつことが確かめられている。
〔参考文献〕岩本裕『インドの説話』1963,紀伊国屋書店