●老中 ろうじゅう
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江戸幕府の職名。室町時代には,評定・引付両衆を併せて呼び,老臣・長老の意であった。江戸時代は将軍に直属して政務を総理する重職で,初めは年寄・宿老・奉行・加判の列・執政・連判衆と呼ばれたこともある。任命の初見は,1593年(文禄2),大久保忠隣・本多正信,1623年(元和9)の阿部正次ともいう。2万5,000石以上10万石以下の城主たる譜代大名より任ぜられるのがふつうで,定員は4,5名,老中首座が総括し月番制により御用部屋で執務した。1634年(寛永11)の職務規定では,禁中・公家・門跡・諸大名に関すること,大目付・町奉行・代官などの役人支配,奉書連判のこと,歳出入・大普請・知行割・寺社異国御用のこと,参勤交代・大奥・金銀改鋳などであった。1867年(慶応3),月番を廃し,国内事務総裁・会計総裁・外国事務総裁・陸軍総裁・海軍総裁の5総裁に分けて専務した。ほかに,将軍世嗣に付く西丸老中,前将軍に付く大御所様老中もあった。