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●レンブラント

ヨーロッパ オランダ王国 AD1606 

 1606〜1669 ライデンの粉屋の子として生まれ,ラテン学校とライデン大学に進んだが,画家を志して中退。17歳アムステルダムに出て修業ののち,19歳ライデンに帰りアトリエを開いた。イタリア古典主義を十分学び,その上明暗法をとりいれ,“光の画家”と呼ばれた。26歳,アムステルダムに定住,肖像画家として独立し傑作『トゥルプ博士の解剖学講義』で一躍有名になる。28歳,サスキアと結婚,しばしば彼女をモデルとして優れた肖像画を遺した。彼の芸術が進むにつれて,人間の内面性の深さの探究にむかうが,36歳の傑作『夜警』も世間に理解されず,このころを境に人気をなくし愛妻までも失った。しかし彼の真価はこののちに発揮され,野性的なバロック絵画から静かな内面的な深さをたたえた古典的な画面へ,そして晩年の悲痛なまでの情景表現へと到達する。ユダヤ人街の陋居(ろうきょ)で1人の肉親もなく,孤独のうちに没した(63歳)。

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