●連合国 れんごうこく
北アメリカ アメリカ合衆国 AD
第二次世界大戦において,日独伊などの枢軸国に対抗して戦った諸国。1939年(昭和14)3月15日,ヒトラーのチェコスロヴァキアへの侵入によって,その侵略意図が明らかとなったので,同年3月29日,英仏幕僚会議が開かれ,ここに第二次世界大戦における連合組織が発足した。しかしフランスは1940年6月22日,ドイツに降伏した。1941年6月22日,ヒトラーの対ソ開戦によって,ソ連は西欧連合国に加わり,英米からの兵器や重要物資の支援を受けることになり,同年7月22日,英ソ相互援助条約が締結された。1941年12月8目,日本の開戦によって米国が参戦したので,早速チャーチルは,12月22日ワシントンを訪れ,米国側との協議に入った。これが第1次ワシントン会議(ARCADIA)で,その結果,1942年1月1日,「連合国とはどんな国か,そして何のために戦っているのか」を明らかにした,いわゆる連合国共同宣言が発表され,26カ国が調印した。のちにこの宣言は,連合国条約として知られた。これによって,第二次世界大戦における“連合国名薄”ができたのであるが,同名簿に名を連ねた26カ国は次の諸国である。アメリカ合衆国・イギリス・ソヴィエト・中国・オーストラリア・ベルギー・カナダ・コスタリカ・キューバ・チェコスロヴァキア・ドミニカ・エル=サルバドル・ギリシア・グァテマラ・ハイチ・ホンジュラス・インド・ルクセンブルグ・オランダ・ニュージーランド・ニカラグア・ノルウェー・パナマ・ポーランド・南アフリカ連邦・ユーゴスラヴィア。またこのとき以後,連合国に加わった諸国は25カ国に上り,第二次世界大戦中の連合国は総計51カ国に達した。その25カ国は次のとおりである。フランス・アルゼンチン・ボリビア・ブラジル・白ロシア・チリー・コロンビア・デンマーク・エクアドル・エジプト・エチオピア・イラン・イラク・レバノン・リベリア・メキシコ・パラグァイ・ペルー・フィリピン・サウジアラビア・シリア・トルコ・ウクライナ・ウルグァイ・ベネズエラ。連合国の戦争指導は,第1次ワシントン会議によって創設された連合幕僚長会議が,常設機関としてあたり,その上にルーズベルト大統領とチャーチル首相(ときにはその他の国家首脳も出席した)のあいだで行われる定期的会議があり,これが連合国戦争指導会議として大戦略の決定を行った。同戦争指導会議はさきの第1次ワシントン会議を第1回とし,戦争全期を通じ次のとおり10回開催された。連合国のうち,日本に対する中核的存在となったのは,ポツダム宣言を行ったアメリカ合衆国・イギリス・中国であり,のちにソヴィエトが加わった。また日本と交戦した国は,極東軍事裁判において日本を告発した次の11カ国である。アメリカ合衆国・中国・イギリス・ソヴィエト・オーストラリア・カナダ・フランス・オランダ・ニュージーランド・インド・フィリピン。なお第一次世界大戦において,ドイツ・オーストリアの同盟国側に対抗して,イギリス・フランス・ロシアのいわゆる3国協商側に参戦した諸国も,連合国(Allied Power)と呼ばれる。日本も含まれ,その数は28カ国におよんだ。第一次世界大戦における連合国の戦争指導ははなはだしく立ち遅れ,1917年の冬になって連合国最高戦争会議が設置されたが,軍需品や補給品の輸送調整を行った程度で,戦略的指揮の手段としてはほとんど無効であった。