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●レッド・パージ

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 日本共産党中央委員24名に対する公職追放に始まる,その党員と同調者への弾圧。1950年(昭和25),GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)によって行われた。第二次世界大戦後の混乱から立ち直り復興をめざす日本の政情を,新たな混乱に落とし入れ,民主化を大きく停滞させた。国内では,占領軍の対日民主化方針に沿って,いち早く非合法化されていた日本共産党が再建,日本社会党が結成され,歩を合わせて労働組合運動が活発になり,総同盟・産別会議など全国的規模のもとに労働者が結集,なかでも公務員が民主化の先頭にたって活動を展開した。一方米ソ冷戦の激化,以後の国際紛争の焦点となる南北朝鮮による対立,戦争勃発前夜の緊張を背景として,占領軍の政策転換によってなされた。マッカーサーは日本共産党を破壊団体として「アカハタ」の発行をやめさせ,共産党への圧迫を日本政府に指令,政府公共機関にとどまらず民問企業も同調した。官公庁で1,200人が追放された。