●暦法 れきほう
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暦に関する法則,毎年の暦をつくるための基準法則のこと。暦という語は毎年の頒暦という意味にも,それをつくるための基準あるいは暦の基本的法則という意味にも用いられるが,とくに後者の場合をさして暦法と呼ぶ。【太陰太陽暦の暦法】太陰太陽暦では暦日のみでは正確な季節を示すことができないため,太陽の位置を頒暦に記載する必要がある。また月の朔望によって暦日を数えるが,月の運行が複雑であるため,太陰太陽暦の暦法は必然的に天文暦的要素が濃厚となり,複雑で精緻なものとなる。中国の太陰太陽暦で季節を知らす役割をもったのは二十四節気である。二十四節気は冬至を基点として,翌年の冬至までの回帰年(太陽年)を24等分したものである。通常1カ月に二つの節気があるが,前者を節と呼び後者を中(気)と呼ぶ。二十四節気には季節を表す名称がつけられた。節から節まで(節月),または中気から中気までの期間の長さは30.346日となる。月名はその月に含まれる中気によって決められる。たとえば正月中,雨中を含む月が正月とされるのである。節はしばしば前月中に含まれる。ところで,太陰太陽暦の1カ月は29日か30日であり,1回帰年の12分の1の長さより短いため32〜33カ月ぐらい経過すると,中気を含まない月ができる。これを閏月とする習慣が前7世紀ころに成立した。閏月はこのように月名決定の要件である中気を含まないため,前月の月名となる。五月の次に中気を含まない月があれば,その月を閏五月とする。このように中気は閏月決定にとって重要であるが,一方節はさまざまな暦註の決定に大きな役割を果たす。多くの暦注が節から節までの節月によっており,このような繰り方を「節切り」という。ところで,太陽のみかけ上の運行は冬は早く夏は遅い。これに合致させるため中国では「時憲暦」(1645),日本では「天保暦」(1844)から,太陽が黄道上を15度進むごとに1節気を進める方法が採用になった。これまでの方法を平気または恒気と呼ぶのに対して,この新しい方法を定気と呼ぶ。定気による二十四節気では節気間の長さは一定しない。二十四節気の名称と現行暦での日付とは右表のとおりである。
なお二十四節気は太陽暦ではほぼ一定しているが,1日程度のずれが生じる場合がある。また麟徳暦(日本では儀鳳暦)では雨水と啓蟄の順が逆となっている。啓蟄は大衍暦(729始行)以後,中国では驚蟄と記されている。二十四節気の名称は中国北部の気候によって成立したものであるから,その他の地方では多少のずれが感じられる。二十四節気を各3分したものが七十二候で,動植物や気象上の変化を示して農耕や社会生活上の目安とした。七十二候は正光暦(523)以後暦法に附属しており,暦法ごとに名称や順序に異同がある。わが国では二十四節気も七十二候も中国のものをそのまま遵守行用していたが,貞享暦(1684)以後,七十二候はわが国の実状に合わせて改訂されるようになった。
黄道十二宮は中国暦以外の太陰太陽暦で季節と暦日の調整のために利用された。これは黄道を中心として上下各8度,合計16度の幅の天空上の帯を30度ずつ区切って12宮とし,各宮に含まれる星座名によって宮名とした。しかし歳差によって宮名の基となった星座は当初の宮内からずれている。黄道十二宮はバビロニアに起源をもち,ギリシア暦やインド暦にも用いられた。当初,春分は白羊宮にあったが,現在は双魚宮にある。
【太陽暦の暦法】太陽暦の暦法は太陰太陽暦のそれに比して明快簡単である。ユリウス暦の場合は西暦を4で割り切れる年を閏年とするだけでことたりた。グレゴリオ暦ではさらに100の倍数の年は400の位数である場合を除いて平年とした。これによって未来永久の暦を組み立てることができる。しかし,実際には週の問題や太陰太陽暦の要素をもつ復活祭(イースター)を中心とする移動祝祭日の問題をかかえ込んでいるため,暦法的にかなり複雑なものになっている。1年は52週と1日(閏年は2日)であるから,1月1日と12月31日(閏年には12月30日)とは同じ曜日となり,翌年は曜日が1日(閏年には2月28日まで2日,以後1日)進むことになる。通常,暦日と曜日の関係は28年の周期をもって1巡するが,グレゴリオ暦では400年間に3回閏を省略するから,厳密には400年をもって完全な周期とする。復活祭日の決定に使用される日曜文字(Dominical Letter)は1月1日から7日までを A〜G に割り付け,日曜日にあたるものをその年の日曜文字とする。ユリウス暦による日曜文字表は28年を単位とし,これと3月22日における月齢(エパクト,Epact)とによって復活祭日を求めた。グレゴリオ暦では400年を単位とする日曜文字表と,1月1日のエパクト表を使用して復活祭日表によって復活祭日を求める。復活祭はニケア公会議の決議にもとづき「春分後の満月の後の最初の日曜日」であり,それは3月22日から4月25日までのあいだとされている。教会暦の春分は太陽が春分点を通過する実際の春分ではなく,3月21日に固定されており,満月も教会暦によって定められたエパクト(月齢)によって求められる。したがって,復活祭日の決定は天体観測によるのでなく,教会暦法によって未来にわたるものが計算によって得られるのである。なおキリスト教の祝祭日はクリスマスのように暦日が固定しているもののほかに,復活祭を基準にして毎年暦日の移動する移動祝祭日がある。〔参考文献〕中山茂編『天文学史』1982,恒星社厚生閣
渡辺敏夫『暦のすべて』1980,雄山閣
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