●レオポルト2世 レオポルトにせい
ヨーロッパ ベルギー王国 AD
(1)神聖ローマ皇帝1747〜92年(在位1790〜92)マリア=テレジアとフランツ1世の子。1765年以来,トスカナ大公として啓蒙君主的改革を行い,1790年,兄ヨーゼフ2世の後をうけて皇帝に即位した。しかし,皇帝としては兄の強引な改革のもたらした混乱を収拾すべく,農奴制廃止令のとりやめや賦役の復活など反動的政策を実施した。またフランス革命に対しては,妹夫妻の事態を心配し,プロイセン王と共同でピルニッツの反革命宣言を行った。(2)ベルギー国王1835〜1909年(在位1865〜1909)海外領土獲得を企て失敗した父レオポルト1世の後を受け,即位すると普仏戦争には中立を維持して積極的な植民地政策に乗り出した。中国,エチオピア,フィリピン進出には失敗したが,イギリス人スタンリーのアフリカ探検を後援してコンゴ獲得に成功,1885年のベルリン会議でコンゴ自由国が王の私領と認められた。しかし王の非道な植民地経営に対し内外から非難の声があがったため,1908年,王はコンゴを正式にベルギーに譲渡した。なお王の治世中労働運動が高揚し,1885年,労働党(BWP)が設立された。
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