●流刑囚 るけいしゅう
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流刑(流罪)とは刑罰上の一形式で,罪人を遠い,隔離された辺境地や島に流す刑をいい,一般的には死刑につぐ重刑である。流刑囚とはその対象になって流された罪人をいう。政治犯や思想犯に多く適用されたが,それは死刑にすることによってその支援者などによる反発の大きいことを考慮して,社会的影響力だけを断ち切ろうとしたためである。菅原道真を太宰府へ,ナポレオンをセント=ヘレナ(ともに正確には流刑囚としてではなく,官職を与えていた)へ流したのがその例である。わが国では八丈島・佐渡島・北海道などが一般囚人を含めての流刑地となったが,佐渡島の銀山や北海道開拓にみられるように労働力補充の意味もあった。世界的にみても,1770年にクックの探検でイギリス領となったオーストラリアは,初めは流刑植民地であり,1788年,859人の囚人が送りこまれてシドニーを建設,帝政ロシアはシベリアを同様の目的に使った。