●ルイセンコ
AD1898
1898〜1976 ソ連の生物学者・農学者。メンデル遺伝学の根本観念を否定して,新しい遺伝学の体系をつくった(ルイセンコ学説)。1898年,ウクライナの農家に生まれ,キエフの農業専門学校を卒業後,アゼルバイジャン・オデッサの農事試験場に勤務ののち,1939年に学士院会員となり,農業学士院総裁を兼ねた。初め小麦の春まき性と秋まき性について研究し,春化処理方法を提唱して注目された。これに対して,パブロフら正統遺伝学者は反対したが,かえって正統派の人々は失脚した。ルイセンコは,生物と環境との関係を分析し,環境条件に対する生物の要求と生体内の物質代謝の過程を知るならば,生物遺伝の独立性とともに,環境条件の大きさがわかると主張した。彼の講演「生物学の現状について」がソ連当局の認めるところとなり,以後,世界の生物学界でも,また,国内の生物学界や政界においても,大きな発言力をもつようになった。
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