●廖承志 りょうしょうし
アジア 中華人民共和国 AD1908 清
1908〜83 中国,現代の政治家。広東省恵陽県の人。父は国民党左派の要人,リョウチュウガイ※注1※,母は何香凝。別名は何柳華。1919年嶺南大学に入学,1925年国民党に入党。父の暗殺後日本に留学し早稲田大学に入学。1928年共産党に入党し,1928〜32年渡欧しドイツ・オランダ・ベルギーの中国人海員の赤化工作を担当した。1932年帰国後,中華全国総工会宣伝部部長。長征に参加して延安にいたり,中共出版局局長・「解放」編集長・党広東省委員会委員となる。1937年より香港において華僑を組織し抗日戦争を戦う。1946〜49年中共南方局委員・中共宣伝部副部長・新華社社長などを歴任。解放後は中共中央統一戦線工作部副部長・華僑事務委員会副主任・中日友好協会会長などに就き,中共中央委員・第5期全人代常務委員会副委員長にも選ばれた。1954年と1957年に来日。また1955年国際貿易促進委員会委員となって以来,日中貿易交渉で活躍した。1964年LT(廖承志・高碕達之助)連絡事務所を設置した。文化大革命中批判され失脚したが復活。1972年の日中国交回復に尽力し,1982年には台湾に対し祖国統一を呼びかけた。
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