●領海 りょうかい
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一国の主権が及ぶ沿岸に隣接する海域のことであり,沿岸海・内海・湾・海峡などからなる。領海測定の基線には通常基線と直線基線とがある。【通常基線】通常基線は,低潮線による方式で,領海条約の第3条には〈この条約に別段の定めがある場合を除くほか,領海の幅員を定めるための通常の基線は,沿岸国が公認する大縮尺海図に記載されている沿岸の低潮線とする〉と規定している。つまり,最低干潮時における水陸の分界線をもって領海と領土との限界とみなすとしている。
【直線基線】直線基線は,第二次世界大戦後国際法上取り上げられるようになった新しい方式である。領海条約第4条には,その1に〈沿岸線が深く入り込み,かつ,切りこんでいる場合においては,又沿岸に沿って至近距離に一連の島があるときは,領海の幅を定めるための基線を引くに当って,適当な地点を結ぶ直線基線の方法を用うることができる〉としており,その場合海岸の一般的な方向から著しく離れていないことを規定している。元来,この直線基線は,漁業水域の基線として設定されたもので,ノルウェー・アイスランド・イギリス・ユーゴスラヴィア・マダガスカル・韓国などですでに用いている。基線から領海を測るにあたって,その外側の限界線の決め方が問題となるが,一つの方式に,沿岸の各地点から領海の幅で弧を描き,その弧がまじわってできる外縁の線をもって領海の限界とするやり方がある。そのほか,海岸線の屈曲による方式などもあるが,明確になっていない。
【湾】湾については,陸地内に袋状に湾入している海面をさしているが,国際法上それが「湾」であるか否かによって法的性格が異なってくる。その湾が特定条件を満たしている場合には,湾口を結んだ直線の内側の湾は内水となり,その線の外側に領海があることになる。国際条約の第7条に〈(1)沿岸が単一の国に属する湾にのみ関するものである。(2)湾とは明白な湾入であって,その入り込みと湾口の幅員との割合が,陸地によって囲まれた水域を含み,かつ,沿岸の単なる彎曲以上のものを構成するものをいう。ただし,湾入はその水域が当該湾入の入口に引かれた線を直径とする半円の水域に等しく,又はそれ以上の大きさのものでない限り,湾とみなさない〉と規定しているが,実際の適用にあたっては,湾口を結んだ直線を4等分した長さで,湾内沿岸各地点から海面にむかって弧を描き,中央に生じた空間が湾入口に引いた直線の中央点を中心に,4等分した長さを半径として湾内に描いた半円よりもなお湾内深く進入したときは,これを「湾」とみなす方法と,湾口を結んだ直線の中央から湾外に垂直に引いた線上にその線の半分に等しい地点を求め,これを中心に円を描き,弦と弧とのあいだに生ずる弓形の面積よりも湾内面積の方が大きい場合は,これを「湾」とみなす方法などがあり,いずれにせよこの規定について,技術的には種々の困難が予想される問題である。
【島】島については〈水に囲まれた自然に形成された陸の地域で,高潮時において水面上にあるものとする〉とされており,また,第11条に〈低潮時隆起は,低潮時には水に囲まれかつ水面上にあるが,高潮時には水中に没する自然に形成された陸の地域である。低潮時隆起の全部又は一部が本土又は島から領海の幅員をこえない距離にあるときは,その隆起上の低潮線は,領海の幅員を測定するための基線として用いることができる〉としている。自然に形成された陸の地域ということは,人工島は含まれていないことで,今後人工島の建設増加が考えられ,この法的取り扱いが問題となるであろう。群島については,一定の基準がなく,遠隔にある島まで群島に含めると,内部水域が広くなり,外国船舶の航行や海洋資源の獲得にも影響を及ぼすことになる。現在,フィリピンやインドネシアでは群島理論にもとづいて,いずれも自国に所属する諸島の最も外側点を結ぶ線内を内水とし,その外側を領海とする措置をとっており,今後の大きな問題の一つである。
【境界】境界については,〈(1)二国の沿岸が相対しているか又は隣接しているときは,そのいずれの国も,両国間に反対の合意がない限り,自国の領海をその中間線をこえて拡張することができない。この中間線は,そのいずれの点も,両国のおのおの領海の幅員が測定される基線上の最も近い点から等しい距離にあるものとする〉。もっとも,この項の規定は,この規定と異なる方式で両国の領海の境界を定めることが歴史的権限その他の特別の事情により必要とされるときは適用しない。〈(2)相対しているか,又は隣接している二国の領海の境界を定める線は,沿岸国の公認の大縮尺海図に記載しなければならない〉。境界として中間線を設定するということは,当然と考えられ,異論をさしはさむ者はいないであろうが,現実問題として測定し作図することになると,技術的にいろいろ困難な問題が生じやすい。どの地点が両国の沿岸から等距離であるのか,またその線が複雑であればそれだけ海上での境界線を知ることも困難となるのである。
【無害通航】沿岸国は領海内における外国船舶の「無害通航」を認めなければならない。外国船舶内の犯罪の結果が沿岸国に及んだり,犯罪が沿岸国の平和または領海の秩序をみだす種類のものであったりする場合などを除いては,領海内を航行している外国船舶を捜査したり,その犯罪人の逮捕などを行ったりしてはならない。また,沿岸国は領海を通航する外国船舶内にある人に関連して民事裁判管轄権を行使するために,当該船舶を停止させまたはその航路を変更させてはならない。
以上のように領海の地位は,長く国際慣習法によって認められてきたものである。元来,海洋は諸民族共有のものであったのが,古代から中世の初期には,通商路の確保から,海洋に対する公権力支配の萌芽がみられるようになってきた。すなわち,8〜12世紀ごろには,ヴァイキングの活躍,11世紀イタリアの仲立貿易の発達,13世紀にはノルウェーによる北方海域全般の領有主張,14世紀には,ヨーロッパにおいて沿岸海における敵対行為の禁止や,沿岸近接外国軍艦の敬礼を命じる慣行が行われるようになっていた。
【幅員】1609年にはオランダのグロティウスは「自由海論」を主張,これに対し,イギリスのセルデンは1618年に「閉鎖海論」を発表している。17世紀の後半ともなると,ドイツの学者プーフェンドルフ(1632〜94)もやはり領海の観念は〈海岸から見える範囲〉として「視界説」を認めている。この傾向は18世紀に入って,いっそう明確になってきた。それは,フランスのバインケルスフーク(1673〜1743)の説からもうかがえる。すなわち〈広い海洋についてはその自由が確立しているとともに,海岸に接続する海については沿岸国の領有を認め,その範囲は海岸から大砲の弾丸が到達する距離までである〉とし,〈国土の支配権は武力の終わるところで終わる〉と述べたことから判断される。これが着弾距離説の起源である。当時の大砲の弾丸が到着する距離は3カイリ(1カイリ=1 nautical mile=1,852m)であるところから,これをもって領海の幅とすべきことが主張され,その後多くの国々がこれに従ってきたのである。しかし,その後も,領海の幅については各国一様ではなく,だいたい先進国などは3カイリとする習慣と,公海自由の原則をつづけてきたのである。領海制度の問題は,さきに1930年ハーグにおいて国際法典編纂会議で審議されたが,領海の幅員に関して一致した結論に到達できなかった。1953年における領海の幅員をみると,3カイリ主張国は22カ国で一番多く,全体の38.6%を占め,ついで6カイリ主張国は,13カ国,12カイリを主張する国6カ国であった。とくに3カイリ主張国はアジア・東南アジア・西欧諸国に多く,中南米諸国の多くは大陸棚上部水域およびこれに類するもので,12カイリ以上200カイリにも及ぶ海域の権利を主張するようになっていた。1960年になると,3カイリ主張国22カ国,6カイリが10カ国,12カイリが13カ国に達していた。1974年には3カイリ主張国が20カ国で,12カイリ主張国は50カ国以上にも達し,20年以前とはその様相の変化が著しい。とくに1982年ともなると,ほとんどの国は領海12カイリと漁業水域および経済水域200カイリを採っている。第3次国連海洋法会議は1973年12月の第1会期から1982年3〜4月の第11会期まで9年間,海洋秩序づくりの協議がつづけられ,1982年4月30日海洋法条約草案は圧倒的多数国の賛成により採択された。それによると領海は12カイリを超えない範囲で,全資源は沿岸国の主権下に入り,経済水域200カイリ内の資源は沿岸国に優先権があることになり,大陸棚は,原則として200カイリまでの海底を沿岸国に与え,大陸棚の外縁が200カイリを超える場合は,沿岸国の海岸から350カイリまでとし,また2,500mの等深線から100カイリ以内とするなどが規定され,その他幅24カイリ以下の海峡は領海内となる。したがって,マラッカ・ホルムズ・ジブラルタル・ドーバー・対馬・津軽など,世界で約116に及ぶ海峡が領海となり「無害通航権」が適用されることになる。なお,海洋汚染防止・科学調査・深海海底資源開発などについても規定しており,この条約の発効は60カ国以上の批准を得てから1年後となっている。
〔参考文献〕高林秀雄『領海制制度の研究』1968,有信堂
江草忠敬『六法全書』1984,有斐閣
川上健三「領海・公海・大陸棚・領空」木内信蔵編『政治地理』1968,朝倉書店
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