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●梁 りょう

アジア 中華人民共和国 AD502 南北朝時代

 502〜557 中国南朝3代目の王朝。南斉の宗室出身の蕭衍(しょうえん,武帝)によって創建された。南斉末,暴虐な天子東昏侯が帝位につくと,雍州刺史となっていた衍は,和帝を擁立して東昏侯を討伐し,502年(天監1)和帝より禅位を受け帝位についた。以後武帝の48年にわたる治世のもとで,政治は安定し,文化が栄えた。とくに仏教は最盛期を迎えるにいたった。しかし,548年(太清2)東魏からの降将侯景が反乱をおこし,建康(梁の都)を攻略して武帝を憂死させ,簡文帝を擁立すると,各地に駐屯していた梁軍のあいだに抗争がおこり,江南社会は大混乱に陥り,南朝貴族は大打撃を被った。こうしたなかで江陵に鎮した蕭繹(元帝)は,王僧弁を派遣して侯景を討滅し,552年江陵において即位した。しかし,元帝と対立していた雍州刺史ショウサツ※注1※は西魏と結び江陵を攻略し,元帝を自殺させ,西魏の援助のもとに帝位についた。これが後梁国である。他方,建康に鎮していた王僧弁は,北斉の要求を入れ蕭淵明を帝位につけたため,これに反対した陳覇先によって殺された。覇先は元帝の子敬帝を擁立するが,557年自ら帝位につき陳朝を建立し,梁を滅ぼした。

〔参考文献〕『梁書』

森三樹三郎『梁の武帝』1956,平楽寺書店

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