●柳亭種彦 りゅうていたねひこ
アジア 日本 AD1783 江戸時代
1783〜1842(天明3〜天保13)江戸後期の合巻作者。本名高屋彦四郎知久で江戸人,小普請組旗本,禄200俵。はじめは唐衣橘洲に狂歌を学び,心ノ種成・柳ノ風成・心ノ種俊と号した。偐紫(げんし)楼・足薪翁・浅草閑人の号もある。下谷御徒町御先手組屋敷に住み,のち浅草堀田原に移る。1807年(文化4)25歳で読本『阿波之鳴戸』などで登場するが,擬古典的文体を維持できなかった。このため合巻に転向し,1811年に『鱸庖丁青砥切味』を発表。以降は,趣味の浄瑠璃・歌舞伎の世界を導入した,草双紙系の合巻で成功する。代表作に『正本製(しょうほんじたて)』『偐紫(にせむらさき)田舎源氏』がある。後者に将軍モデル説が生じて絶版となり,ほどなく死没した。考証物の『還魂紙料(すきかえし)』『用捨箱』は今日的にも価値が高い。〔参考文献〕伊狩章『柳亭種彦』1965,人物叢書,吉川弘文館
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