●劉秀 りゅうしゅう
アジア 中華人民共和国 BC6
前6〜後57(在位25〜57) 後漢の初代皇帝。諡は光武帝,廟号は世祖,字は文叔。遠祖は前漢の景帝。高祖父の代に南陽に移って以来,南陽の名族。青年期,長安で学び,帰郷して地主として実直に農地経営につとめながら遊侠の徒や野心的な豪族仲間と交友を重ね大成した。22年,兄リュウエン※注1※と地方豪族軍を組織,首領となった春陵(現湖北省南陽)に挙兵。翌年,昆陽で王莽軍に大勝。河北・山東・関中の農民軍を漸次平定して,25年,帝位につき,洛陽に都して後漢をたて,年号を建武と定めた。ついで隴西の隠囂(いんごう)・河西の竇融(とうゆう)・山西の廬芳(ろほう)らの地方豪族勢力を順次制圧し,豪族連合の実態ながら帝業を回復した。光武帝は温雅にして儒者の風があり,吏務に通じ,諸事を簡略にして,悪弊を一掃,民力を回復させた。しかし,対外的には消極的で,分争の南匈奴の帰順や馬援の安南遠征はあるものの,匈奴の威圧に対し,漢の保護を求めた西域諸国の願いを許さず,結果的に西域を放棄してしまった。
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