●劉永福 りゅうえいふく
アジア 中華人民共和国 AD1837 清
1837〜1917(道光17〜民国6)中国,近代の軍人。広東省欽州の人。名は義,号は淵亭。貧農の家に生まれ,農耕や船頭生活のかたわら父から武技を授けられた。両親と死別し,1857年(咸豊7)天地会に身を投じた。太平天国滅亡後清朝の追撃を逃れ,1865年(同治4)ヴェトナムに入り阮朝の嗣徳帝に帰順。1867年(同治6)六安州で黒旗軍を組織し,ソンコイ川流域に強固な地盤をもち,阮朝と結んでフランス侵略軍に抵抗。1873年(同治12)ガルニエ,1883年(光緒9)リヴィエールの二人の司令官を戦死させたが,清仏戦争後の1885年(光緒11)張之洞の要請で帰国した。1886年(光緒12)広東南澳鎮総兵。1894年(光緒20・明治27)日清戦争が発生すると台湾防衛に派遣され,翌年の下関条約締結後も台南に拠って日本軍に抵抗し,敗北後英船で単身帰国して黒旗軍の再編にあたる。義和団事件の際には湖広に進んで排外運動に尽し,1911年(宣統3)辛亥革命の発生するや広東民団総長となったが,まもなく辞職。1915年(民国4)対華21カ条要求の際も義和軍を組織して対日戦を計画したが,果たせぬまま排外運動に終始した生涯を閉じた。
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