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●劉晏 りゅうあん

アジア 中華人民共和国 AD715 唐

 715〜780(開元3〜建中1)中国,唐の政治家。曹州南華(山東省)の人。7歳のとき神童とされ,秘書省正字を授かった。夏県令をはじめに諸官を歴任。粛宗のとき宰相となったが無実の罪で左遷された。その後,安史の乱に功績をあげ,それが認められて代宗のとき再び宰相の地位についた。このとき財政上重要な塩鉄・転運の二使を兼任しながら功績をあげた。ところがまたしても事件に連座して宰相の地位を退いた。しかし三たび財政上重要な地位に復帰し,塩の専売制度を整え,10倍近い利益をあげるなどの財政的手腕を発揮した。こうして10余年間,要職の地位にあったが,楊炎と意見が合わず,楊炎が宰相になるや讒言によって忠州(四川省)刺史に左遷された。ついで忠州で謀反をはかったとして死を賜ったが,世の人々はこれを無実とした。このとき一族数十人も連座し,嶺南に流された。死後,785年(貞元5)名誉を回復して鄭州刺史の位を贈られた。