●律令格式(中国) りつりょうきゃくしき
アジア 中華人民共和国 AD
中国の成文法の中心をなすものは律と令であり,律は刑法典,令は刑法を除いた民政法典,すなわち民法・商法・憲法・行政法・国際法などにあたる。律・令は必ずしも不変のものでなく,時代の動きによる追補や変更が行われることもあった。格は,これらの随時の補充や変更に関する詔勅を後に集成したものであり,式は,律・令・格を実際に施行するに当たっての方式を規定したものである。中国の最古の法典は,おそらく戦国時代ごろに成立したものと推定され,前漢時代以後の歴朝では,律および令が編さんされることが多かった。法典としての律と令とが,完全な分離をしたのは晋代からであり,晋律・晋令の篇目は,次のごとくである。(1)律−刑名・法例・盗律・賊律・詐偽・告劾・捕律・繋訊・断獄・雑律・戸律・擅興・毀亡・衛宮・水火・廐律・関市・違制・諸侯,(2)令−戸・学・貢士・官品・吏員・俸廩・服制・祠・戸調・佃・復除・関市・捕亡・獄官・鞭杖・医薬疾病・喪葬・雑上・雑中・雑下・門下散騎中書・尚書・三台秘書・三公侯・軍吏員・選吏・選将・選雑士・宮衛・贖・軍戦・軍水戦・軍法(6)・雑法(2)魏・晋・南北朝時代の法典編さんの伝統を継承し,律・令・格・式を整備した形でもとめたのが隋・唐時代であり,なかでも,唐の律・令・格・式は,周辺諸国家にも大きな影響を与えた。唐の法典編さんは何次にもわたって行われており,その著名のものは,以下のごとくである。624年(武徳7)『武徳律令』および式,637年(貞観11)『貞観律令格式』,651年(永徽2)『永徽律令格式』,685年(垂拱1)『垂拱律令格式』,705年(神龍1)『神龍律令格式』,737年(開元25)『開元律令格式』。
唐律・唐令の篇目は,次のごとくである。(1)律−名例・衛禁・職制・戸婚・廐庫・擅興・賊盗・闘訟・詐偽・雑律・捕亡・断獄,(2)令−官品・三師三公台省職員・寺監職員・衛府職員・東宮王府職員・州県鎮戌嶽涜関津職員・内外命婦職員・祠・戸・選挙・考課・宮衛・軍防・衣服・儀制・鹵簿・公式・田・賦役・倉庫・廐牧・関市・医疾・獄官・営繕・喪葬・雑。
なお,唐令は現在に伝わっていないが,仁井田陞が和漢の文献に引用された遺文を蒐集して,原典の復元に努力した結果,その内容をかなり知ることができる。開元律令格式の編さん以後においても,元和格勅(憲宗)・太和格後勅(文宗)・大中刑法総要格後勅(宣宗)などがつくられているが,律令格式をまとめて編さんしたものはなかったようである。五代および宋においては,基本的には唐制を継承したが,社会・経済体制の変化に対応して新しい要素が加わることとなった。宋代の法典は,神宗の元豊以前と元豊以後とで2時期に区分することができる。元豊以前は,唐代からの伝統である律令格式を編勅で補った時期であり,律令格式の形式が基本的には踏襲された時代であった。これに対し元豊以後は,勅令格式時代とも称すべき時代であり,唐よりの法典は律が用いられた以外はほとんど廃絶された。宋代の勅令格式は,元祐年間以後たびたび編さんされているが,今日これらはほとんど伝わっていない。しかし南宋の1208年(嘉泰2)に完成した『慶元条法事類』は,当時の勅令格式の条文を部類門別に再編成したものであり,現存する本書によって,当時の法典体系を類推することが可能である。
〔参考文献〕仁井田陞『唐令拾遺』1933,東方文化学院
曽我部静雄『中国律令史の研究』1975,吉川弘文館