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●立憲政友会 りっけんせいゆうかい

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 明治・大正・昭和(戦前)の代表的政党名。1900年(明治33)9月伊藤博文が中心となり,伊藤系官僚と憲政党・帝国党が中心となって創立した政党。10月第4次伊藤内閣が政友会員を中心として成立。1901年4月第1次桂内閣には妥協・反対の両策をとり,1902年総選挙では190の議席をとる。翌年山県は伊藤を総裁から退かせ,西園寺公望が後継総裁となり,1904年日露戦争では桂内閣を支持,1906年第1次西園寺内閣には2大臣を送り,年来の主張であった鉄道国有を実現した。つづく第2次桂内閣にも与党,第2次西園寺内閣のあとをうけた第3次桂内閣には護憲運動を組織して倒閣。1913年第1次山本内閣の与党。松田正久・原敬らの活躍,松田死後,原敬が1914年総裁。1917年第一党に復帰,1918年米騒動後,原内閣を政党内閣として組織,ついで高橋内閣を組織したが,1924年分裂。1925年田中義一総裁として,1927年田中内閣。満州某重大事件でつぶれ,1929年犬養毅を総裁とし,1931年内閣組閣。1932年5月15日犬養の死。その後1939年分裂,久原義之助派と中島知久平派に分裂。1940年解党している。