●立憲国民党 りっけんこくみんとう
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明治末期・大正時代の政党。藩閥政府と妥協した立憲政友会に対抗した反政友会各派の合同運動のなかで,1910年(明治43)3月14日立憲改進党系の憲政本党を中心に又新(ゆうしん)会・戊申倶楽部の3派,92名の代議士が合同して結党,責任内閣確立・文武均衡・税制整理等を綱領に掲げた。党首を戴かず,憲政本党の大石正巳・犬養毅,又新会の島田三郎・河野広中・仙石貢らが中心となって運営したが,実際は犬養ら政府と妥協せずとする非改革派と大石ら政府と妥協すべしとする改革派が対立し,1913年(大正2)の大正政変のなか桂太郎の新党樹立に大石・島田ら改革派が応じて脱党,党は分裂し犬養が党主となった。その後,普通選挙法実現を掲げるなどして護憲運動を指導し民党として活躍したが,政友会や同志会の攻勢をうけ,1920年総選挙では29名当選と振るわず,1922年9月1日解党し,11月革新倶楽部を結成した。