●リッケルト
ヨーロッパ ドイツ連邦共和国 AD1863 ドイツ連邦
1863〜1936 ドイツの哲学者。ヴィンデルバントとともに西南ドイツ学派(バーデン学派)の新カント派の代表者。フライブルク大学・ヴィンデルバントの後任としてハイデルベルク大学の各教授を歴任。存在に対する当為の論理的優位を主張し,哲学を価値論と規定。認識の方法により科学を分類し,感性的世界を法則のもとに一般化して普遍的概念構成を行う自然科学と,知的世界を個別化して個性記述的な個性化的概念構成を行う文化科学とに区別した。また歴史学が科学であるためには単なる形態を求めるだけでなく,概念によって現実を把握すべきであるとする。歴史学の科学的性格は概念構成の仕方のなかにあり,個性化的概念構成によって成立し,価値関係的文化科学であるが,決して自から評価する科学ではないとした。著書に『認識の対象』(1892)・『自然科学的概念構成の限界』(1896〜1902)・『文化科学と自然科学』(1899)などがある。