●里長 りちょう
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律令制度の地方行政組織として編成された里(50戸を1里とする)ごとに一人任ぜられた里の責任者。里長は白丁で清正強幹な者が選ばれたが,里内に適任者がない場合には近隣の里,あるいは八位以上の有位者も任命されることがあった。その職務は,里内の戸口を検校し,とくに死者が出た場合には10日以内にその家とともに国郡司に報告し,農桑を勧め殖え,不法行為を取り締まり,賦役を徴発することであり,その恩典として徭役を免除されていた。しかし『続日本紀』には郡司とともにその職権の悪用を禁じる詔が出されており,里長の中には不正を働く者も多くあったことが知られる。なお里長は,715年(霊亀1)の郷里制施行後に郷長と改称され,その下に数名の里正が置かれたが,740年(天平11)の末から翌年の始めごろとされる郷里制廃止後には郷長のみとなった。