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●李時珍 りじちん

アジア 中華人民共和国 AD1523 明

 1523?〜1596? 中国,明末の本草学者。字は東璧,号は瀕湖山人。李言聞の子で,家は代々医家であり,李時珍も相当な医師であり,楚王府に仕えた。14歳で諸生となり,3度郷試に落第して,本草・医学に志をたてた。当時,古事の本草書がはなはだ乱雑であるのを遺憾として,本草・医家の書をはじめ,古今の800余家の典籍を読み,1552年(嘉靖31),30歳のころ,本草の一大集成である『本草綱目』52巻の大著作に着手した。3度稿をかえ,30年弱の歳月を費して,1578年(万暦6)に完成した。その内容は,植物・動物・鉱物にわたり,出産・形色・気味・主治・付方を詳述したもので,本草学の一大聖典であった。李時珍は,1590年(万暦18),王世貞の叙をもらい,1596年(万暦24),朝廷に奉ろうとして没した。まもなく,神宗方暦帝が,国史編さんのため,書籍を四方に求めたとき,時珍の子建元は父の遺書とともにこの書を朝廷に献じた。天子は,これを刊行させ,はじめて天下に広められ名声を博し,李時珍は歴代本草家の第一人者となった。刊行後,まもなく日本にもつたわり,わが国本草学者の一聖典となった。李時珍には,ほかに『瀕湖脈学』1巻・『寄怪心脈改』1巻・『脈訣改証』1巻などの著書がある。また,『明史』中には李時珍伝がある。

〔参考文献〕渡辺幸三「李時珍の本草綱目とその版本」東洋史研究12―4,1953

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