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●李贄 りし

アジア 中華人民共和国 AD1527 明

 1527〜1602(嘉靖6〜万暦30)中国,明の思想家。儒教の反逆者・危険思想家といわれる。字は卓吾。福建晋江県の回教徒の家に生まれる。54歳,僻地の雲南姚安府知府を辞職したのを最後に官界を去る。その後,麻城(湖北)の仏寺に移り住み,剃髪して僧のように振舞う一方,著述に専念。代表作の『焚書』『蔵書』のほか,『水滸伝』の批評本など通俗文学をたたえる著述も多い。思想的系譜は陽明学左派の流れを引く。彼の根本思想は“童心説”である。知識・因習に染らない以前の純真な心を“童心”と呼び,その前では孔子も六経も万世の至論ではなく,名教に盲従する者は仮(にせ)人であるとし,道学者・士大夫・官僚の偽善を罵倒した。挑戦的・戦闘的態度や過激な言動のため迫害され,北京の獄中で自殺した。死後,すべての著述が明・清代を通して禁書となり,忘れられた存在となった。清末,再認識され,五・四運動以後は解放思想の先駆として流行し,今日では資本主義萌芽問題と関連して盛んに論じられる。