●リサール
アジア フィリピン共和国 AD1861
1861〜1896 フィリピンの民族主義運動の理論的指導者・国民的英雄。ラグナ州カラムバ町で誕生。1877年サント=トマス大学医学部に入学。在学中は文学をも専攻し,スペインの植民地行政を批判した詩や脚本を発表する。1882年,同大学卒業後に渡欧,スペインのマドリッド中央大学に留学した。そして1887年ベルリンで小説『ノリ・メ・タンヘレ(われに触れるな)』を出版し,植民地政府や修道会がいかに金権的でフィリピンの住民を搾取し社会を荒廃させているかについて訴えた。彼自身は革命を意図してはいなかったが,この著作は当時の革命運動家たちに多大の刺激を与えた。植民地政府の総督テルレーロは本の輸入・販売を禁止し,帰国したリサールにも国外退去を命じた。1892年,彼は危険を覚悟でマニラに戻り,社会改革団体「フィリピン同盟」を組織したが逮捕され,ミンダナオ島に流刑された。のちにカティプナンの反乱を教唆したという理由で再逮捕され,1896年銃殺にされた。〔参考文献〕池端雪浦・生田滋『東南アジア現代史 II ――フィリピン・マレーシア・シンガポール』1977,山川出版社