●李鴻章 りこうしょう
アジア 中華人民共和国 AD1823 清
1823〜1901 清末の政治家。安徽省合肥県の人。字はショウセン※注1※。1847年(道光27)進士。1850年翰林院編集。1853年(咸豊3)団練を率いて太平天国軍と戦い,ついで曾国藩の幕僚となり,湘軍にならい准軍(わいぐん)を編成,上海を防衛し江蘇巡撫に昇任した。太平天国滅亡後,一等伯爵に封ぜられ,1865年(同治4)両江総督を署理,1866年欽差大臣として捻軍の平定に当たる。1870年曽国藩を継いで直隷総督となり,北洋大臣を兼ねた。以来25年間その地位にあり,清朝の外交・軍事・経済に大権を振るった。洋務運動の指導者として江南制造局など官営工鉱業の育成につとめ,関税収入を利用し北洋海軍を建設したが,日清戦争に敗れ,全権として下関条約に調印。1896年(光緒22)には露清密約を結び,ロシア勢力の満州進出を許した。義和団事変では露清密約を結び,ロシア勢力の満州進出を許した。義和団事変では全権を委任され列強との交渉に当たり,辛丑(しんちゅう)条約を締結,まもなく病死した。
![]()