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●陸贄 りくし

アジア 中華人民共和国 AD754 唐

 754〜805 中国,唐の政治家。蘇州・嘉興(浙江省嘉興県)の人。18歳で進士に登第し,地方官を振り出しに,779年(大暦14)監察御史となって中央政庁入りした。徳宗が即位すると,翰林学士に抜擢され,783年(建中4)の乱に際しては,徳宗に従って奉天(陝西省)に移り,臨時政府の中枢となって手腕をふるった。当時の詔令は大半が彼の手になり,徳宗側近の顧問として政議を参裁するなど,権勢は宰相にも比肩したので「内相」と称された。長安が回復され,海内が一応の安定をみると,累進して792年(貞元8)に中書侍郎・同平章事になり,宰相として政局を総覧した。陸贄は徳宗にしばしば諫言を行い,徳宗も贄を信任していたが,794年裴延齢の中傷によって失脚し,翌年忠州(広東省)に流された。疫病に悩む同地の人々のために『陸氏集験法』を著した。805年(永貞元)順宗が即位すると,許されて召還されようとしたが,詔のとどかぬうちに没した。