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●陸九淵 りくきゅうえん

アジア 中華人民共和国 AD1139 南宋

 1139〜93 撫州金谿の延福郷青田(今の江西省)に生まれる。諱は九淵,字は子静,号は存斎,象山先生と称された。6人兄弟の末子。大家族で暮らし,家は薬種商を営んでいたという。34歳で科挙に合格したが,若干の官途についたほかは,江西の地で思索と教育の生活を送る。朱熹の論敵として有名。二人の初対面は鉛山の鵝湖寺(江西省)で,そこで彼らは激しい応酬を交わした。これが「鵝湖の会」で,中国思想史上の一大事件に数えられる。以後二人は書簡のやりとりを中心に論戦を重ねていく。彼の思想の特徴は心を中心とするところにある。直感でとらえられる心の全体性と活動性を心の本領とみなし,あらゆる価値の基準をそこにおく。これは朱熹が心の本質を認識・操作の対象にし難いとして,より客観的な外物の理の追求を目ざしたのとは基本的に対立する。朱熹の“性即理”説に対し彼の“心即理”の主張,また『四書集註』という経注をライフワークにした朱熹に対し〈六経,我を註す。我,六経を註せんや〉とし経注への意欲を見せなかった彼の態度は,象山の思想的特質を端的に示している。

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