●李淵 りえん
アジア 中華人民共和国 AD565 南北朝時代
565〜635(在位618〜626)中国唐の初代皇帝。字は叔徳,廟号は高祖,諡は大武皇帝。李淵の家系は新旧両唐書の高祖本紀で異なっており,隴西の狄道あるいは成紀とし,漢人の出身とも胡族の出身ともいう。祖父李虎は西魏に仕え,宇文泰を中心とする八柱国の一人であって,北周になって唐国公を追封され,胡族の名門である独弧信の娘とのあいだに李淵が長安で生まれた。李淵は7歳で唐国公を継ぎ,隋の建国後,衛尉少卿などを経,隋末の混乱時に地方豪族の人望をえるとともに,大業12年(616)に右驍衛将軍,翌年に太原留守となった。煬帝の失政をみて,次子李世民のすすめで挙兵し,突厥の援助で長安を占領し,武徳元年(618,隋の義寧2),煬帝が宇文化及(うぶんかきゅう)に殺されると李淵が擁立した恭帝楊侑から位を譲られて即位し,国名を唐とし,都を長安においた。長子李建成を皇太子としたが,建成は建国に功のあった李世民をねたんで,武徳9年,李元吉とともに彼を殺そうとしたが,逆に玄武門で討たれ,これを玄武門の変という。同年,李淵は位を李世民に譲って太上皇となった。