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●蘭渓道隆 らんけいどうりゅう

アジア 中華人民共和国 AD 

 1213〜1278 鎌倉時代,中国宋より来朝した臨済宗の禅僧。西蜀の人。13歳で僧となり,無明慧性に参じその法をついだ。1246年(寛元4)弟子義翁らとともに来日,筑前の円覚寺に逗留,翌年入京し,泉涌寺来迎院に入り,のち鎌倉へ移り福寿院・常楽寺に入った。北条時頼の帰依を受け,建長寺建立のとき開山第一世に招じられた。1265年(文永2)勅請によって京都建仁寺に移り,後嵯峨天皇に召されたりもした。1268年再び建長寺に戻り住んだが,叡山の迫害から甲斐や奥州松島に流され,のち赦され鎌倉に戻りそこで没した。修行はすべて宋風の禅作法を用い,禅教育は厳正をきわめたという。彼の習った宋朝禅院を基本に純粋な宋風臨済禅を日本に持ち込んだ点で,宗教史上重要な人であった。後の弟子には葦航道然・桃湲徳悟・無及徳詮・約翁徳倹・円爾弁円などがいた。没後,大覚禅師と諡(おくりな)され,これが日本での初めての禅師号となった。